
それは僕が少年だった頃の話だ。
もしもあの日、僕は雨の中にいて、彼女が同じ、岬のビル街にいたとしたら、
こんな奇跡はもう無いだろうに。
彼女はゆっくりとしなやかに歩く。
髪は長く、そして透けるような黒髪だった。
夢の中で見る彼女は、いつも薄い、白いワンピースを着ているから、すぐに彼女だと分かった。
季節はいつも、初夏の嵐の朝で、彼女に雨と葉が降り注ぐ。
風はいつも、僕から見て右から左へと吹き荒れていた。
彼女は静かに、荒れた海のすぐ近くで、コンクリートの上に立っている。
海を見下ろす彼女の向こう側はいつも海岸のビル街で、人間が傘を差して歩いていた。
でもその人々はおぼろげで、いつもぼんやりとしか覚えていることができなかった。
それはまるで、夏の線路の向こう岸のように、炭酸の泡のように、ただ浮かんでいるもののように。
世界は”青”でできていた。
世界は映画であって、小説ではなかった。
それは、今までは小説であった僕の世界がはじめて映画になった瞬間だった。
僕の好きな小説、それは青い表紙の青い本
青一色、「青く染まった少女の物語」
僕の小説は夢の中でやっと映画になった。
僕は夢を望むようになった。
『彼女の折れそうな細い手首を握ってみたい。
彼女の白い肌に、爪をたててみたい。』
ある日、僕はいつものように彼女を眺めて、そろそろ帰らなくては、としたとき、
―――――このまま帰らなくても、いいんじゃないかしら、私と一緒にここで生きよう。
という小説の一文が降ってきた。
この世界は青でできていた。
幾重にも重なった数多の青が、世界を構成していた。
僕は昔、何かの本で、「青は人を落ち着かせる効果がある」と読んだことがある。
これはその現象か?僕は思った。「これは違う」と。
だって、彼女が僕を呼んでいる気がしていたから。
彼女はじっと、海を眺めている。散水の音楽を纏っている。
だけどその瞳の奥で彼女は僕をずっと呼んでいた。
―――――一緒に青い世界で生きよう
彼女は確かにそう語っていた。
僕もずっとここで生きたたかった。彼女とここで、
永遠を生きたいと思った。
僕は僕で、大人にはなりたくなくて、
僕は、大人になることが「恐怖」だったから。
―――――いつになったら死ねるの?
僕の人生は、だって、最終的には死ぬために生きていると思うんだ。
どんなプラスやマイナスがあろうと、人は皆同じ方向に生きている。
誰もそのコースから外れないし、外れられない。
でも僕は違った。
彼女と青い世界で生きる僕は違う。
いくつもの時代を揺蕩い永遠に続く少年時代を生きる僕たちに、
死という恐怖は無い。
大人にならないと、”死”は無いように、
僕たちの”死”は
”大人”だからだ。
―――――彼女と僕と彼等は この青を生き続ける。
僕たちは手をとって、夢という仮想現実を守り続けた。